「自分はラクロスが上手くない」。伊藤香奈は誰よりも強く速く走る。

2016年の早慶戦。一人の選手が鮮烈なデビューを果たした。当時2年生だった伊藤香奈だ。DF寄りのMFとしてプレーした伊藤は開始早々に相手のパスをインターセプトすると、前線に繋いでいき先制点のきっかけを作る。その後もグラウンドを縦横無尽に駆け抜け、獅子奮迅の活躍を魅せた。チームは敗れたものの、そのインパクトは大きくVPを獲得。この試合をきっかけに慶應にとって欠かせない選手となった。

あれから2年。最上級生となりチームを引っ張る立場となった彼女は慶應のポイントゲッターとして、活躍を見せている。5月の早慶戦では5得点をあげる大暴れ。大舞台で今度はMVPを獲得した。8月からのリーグ戦でもここまで4試合を終えて7得点。チームの得点王に輝いている。

3年間ずっと第一線でプレーしてきた伊藤にはある目標があった。慶應のエースになることだ。

「今まで見ていた4年のMFはチームのエースだった」—2年前の渡邉ひかり、去年の白子未祐といずれもチームの得点王になるエースと呼ばれる存在だった。2年の時からエースになると周りに宣言していた伊藤にとって、今季の活躍はその先輩と肩を並べるものにも見えるが、本人はまだそこには至っていないという。

「全部が足りない。自分はラクロスが上手いと思っていない。パスキャもグラボも上手くないし、技術的には他の人に比べてまだまだ」。チームの核となる選手の意外な言葉だった。ただ自分の技術不足を認めるとともにそれを補うべく伊藤が得意としているプレーもあった。それは”予測”だ。

パスを受ける際にもDFの動きを予測して有利な状態でのキャッチを狙いに行く。DFにおいても相手のATの動きを予測してマークにつく。技術が無いと感じる彼女が、これまで培ってきた多くの経験から他の選手にも負けない武器を身につけた。さらに最近ではゴールまでの道筋も予測できるようになったという。リーグ初戦の立大戦の決勝弾は相手のDFの動きを読み、パスのもらいどころからシュートまでの道筋を予測して決めた一撃だった。

この3年間はほぼ毎試合フル出場してきた伊藤。順風満帆に過ごしてきたが、今年の春に怪我で1ヶ月ほど戦線を離れることがあった。初めてベンチから試合を見る中で、出場するだけではわからない気づきがたくさんあった。「試合をプレーしている時にはわからないチーム全体のことやゲームの流れを見ることができて、チームを鼓舞する所や勝負所っていうのがどこにあるのかがわかった。決して無駄な期間ではなかった」。チーム全体を俯瞰して見ることによって得られた新たな視点。リーグ戦ではいかなる状況においても冷静に次の解決策を考えられるようになった。

経験から来る予測と試合全体を冷静に見つめる客観的視点。4年になってもなお進化を続けている伊藤。それでも彼女のプレーの根底にあるのは”走る”ということただ一つだ。常に誰よりも走ることを意識して試合に臨んできた。「自分の体がどうなってもいいから、やれることはやりきったって状態で引退したい」。ラストシーズンに最高の集大成を迎えるその瞬間まで。伊藤は誰よりも強く速く走り続ける。(森田悠資)

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