優勝に懸ける想い -vol.13-

中嶋 莉子 (#92 DF)

エースATで我らのV幹部みもからバトンを受け取りましたDF#92中嶋莉子(らん)です。

 

みもは、1年生の頃からチームのエースとして活躍してきた凄いATです。才能と努力を兼ね備えたかっこいい人です。みもの走りと、ブルダッヂの強烈な仕掛けからのスピードのあるシュートが大好きでした。

 

そんなみもは、美しいお顔にトンデモない眼力を持ち合わせていて、最初は、何を考えているか分からなかったけれど、みもを知っていくうちに、誰よりも仲間の事を想っていて、チームのために動いていて、結構繊細で、たまにおふざけさんで、ちょっぴりぶっ飛んでいる事がわかりました。

 

最後は、怪我をしていて痛かったはずなのに、試合に出場してくれて、最後までチームのエースでした。幹部としても沢山ありがとう。

 

それでは、ここからは、言葉では表しきれない私の4年間を、ちょこちょこ掻い摘んでお話ししようと思います。拙い文章&少しばかり自分の世界に突入するので、付き合って下さる方がいましたら、読んで頂けますと幸いです。

 

(書き終わった後、優勝に懸ける想いを綴るという事を忘れていたことに気が付きました。なので、4年間を振り返って感じた想いを吐露する文章になってしまいました。ご容赦下さい)

 

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高鳴る鼓動

 

ジリジリと体を焦がしてくる太陽

 

暑さと緊張で正常ではないバイタル

 

柔らかい芝生に包まれたスパイク 

 

「らんトップね」と隣から聞こえるJの声

 

「D wing人数有利!」とリストレから全身の力で叫ぶ

 

間もなくみねのドローが上がる

 

試合が始まるんだ

 

孤独だ

 

フィールドに立つのは自分自身

 

誰かが立つのを支えてくれる訳でもない

 

1人で孤独に立ちつくしている

 

その孤独を感じる瞬間

 

私は誰かに背中を押される

 

これまでの自分に、だ

 

“苦しかった”という日々の存在が

 

フィールドに立つ自分の安心材料になっている

 

そうだ、孤独ではないんだ

 

ボールが空へと舞う

 

試合が始まった

 

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–1年生 ’部活’に没頭days–

 

沢山の希望に満ち溢れて入部したものの、部活の仕事や連絡の多さに正直滅入っていた。コロナ禍という事もあり、全てがオンライン上で行われる日々。「会食制限」「お家ラクロス」「オンライン合宿」あらゆる事が全ての人にとって初めてだった。人と人とが面と向かって目を見てコミュニケーションを取れないという事が、こんなにも人間に負荷を掛けるのかと思い知った。しかし、そんなコロナ禍だったが、授業が対面で行われない分、沢山ラクロスに向き合う時間があった。例えば、朝丸子でFチームの練習に出て、そのまま日吉で授業を受けて、午後は富士通でCDチームの練習に出る事もあった。今思えば、たくさんラクロスと向き合ったその日々が、とても大事だったんだなって。

 

ーAM4時に始まる毎日ー

始発に乗って、倉庫からグラウンドまでトボトボと歩いてゴールを運ぶ朝。真っ暗闇の中、石灰を引く朝。大変な事の方が多く、’ラクロス’というよりも’部活’に没頭していたような記憶があるが、それでも、いざ練習が始まると、ダッヂやGBが楽しくて、攻めるのも DFをするのも好きだったな、と思い出される。お昼を食べるのも忘れて、15:00位まで丸子に残って、下手くそなりに、GBの練習をしたりするのも楽しかったな。

 

ーウィンターー

ラクロスって本当に楽しいんだなと思い始めたのは、ウィンターの前。おそらく14日連続、ほぼ始発で丸子へ行き、みんなで沢山自主練をして本番に臨み、優勝する事が出来た時は本当に楽しかったし、体力的には限界だったが、’ラクロス’に純粋に向き合えた瞬間だった。ウィンターの日のひんやりする冷たい空気、大宮けんぽの紅葉、あの日目にした景色は今でも鮮明に覚えている。

 

–2年生 逃げ出したいdays–

 

1年生の3月末からトップチームで練習する事になった。

 

初めての早慶戦では、2Qの最初にドローサークルにのった。大久保さんから「GBを頑張れ」とフィールドに送り出された。ほんの僅かな出場時間で何も出来なかったが、大きな舞台でプレーしたい、もっと頑張ると心に誓った瞬間だった。同時に、自分の強みをGBにしたいと思った瞬間だった。

 

それなのに、いざ夏休みが始まると練習に行くのが本当に苦痛になった。練習に行くと吐き気がする。何度も途中で帰ろうと思ったが、何とか毎回練習へと向かった。何故だかは上手く表現できないが、トップチームでは、20人の上手い人達の中で、1人だけが上手くないという事実や、足を引っ張っているのではないかという事、ミスを恐れて思いっきり挑戦出来ない自分が嫌だった。大宮や狭山まで練習試合に行っても出場時間は僅か数分だけ。そんな日々が続いた。

 

初めて母の前で泣きながら、一旦休みたい、一旦逃げたい、と弱音を吐いた。

 

メンタルサポートフレンズ笹子に電話をして、泣きながらもう辞めたいと話した。

長電話も泣く事も好きではないのに笑

涙で溢れていた。不思議だった。

 

そんな時、私は狭山でのトップチームの練習試合後に大久保さんから、一旦リザでプレーした方がよいとお話を受けた。

 

折角開き掛けたチャンスの扉が閉まる音がした。自分の手で閉めたとすら思ったが、その時は、そんな事はどうでも良くて、辛い毎日から解放された気がしてラクロスを楽しんでいる自分がいて、嬉しかった。それ以降、Vや準リーグで沢山試合経験を積んで、沢山仕掛けて点を決めて、純粋に’ラクロス’に向き合うと同時に、絶対に上手くなってやると必死だった。

 

そんなこんなで2年生が終わる。

 

–3年生 踠き足掻きdays–

 

2年生の時は、チャンスが向こうからやってきたのに、3年生になると上手な人達だらけの中で、チャンスを自分から掴み取りに行かなければいけなくなった。それなのに、シーズン開始直後、肉離れになり、1ヶ月間のアウト生活を余儀なくされ、みんなよりもスタートが遅れた事に焦りを感じていた。

 

そんな時、復帰後の5月のとある練習試合 で、’DF’で出場することになった。DFとしてのプレーは、いつもよりも伸び伸びしていると言われ、それをきっかけに、私はMDからDFに転向した。そっか。慶應の DFは、奪うDF。守るためではなく、攻めるために動く。GBを掻っ攫ってATに繋げる事が最大の目的。 DFって楽しいな。

 

ーDF生活ー

DF陣の先輩たちは凄く癖があって面白くてとても怖くて、楽しかった。ただ、早慶戦やリーグ戦となると、ベンチ入りはしても、出場時間は多くなく、爪痕を残せないでいるのが非常にもどかしかった。しかし、どんな状況でも逃げないと決めた。チャンスは必ずあるし、そのチャンスを物にする準備をする必要があると思った。だから、自分なりに必死に踠いて、足掻いた日々だった。

 

ー準リーグ全国大会決勝ー

大阪で行った同志社との決勝戦で私は、DFシーンでGBを取って、そのままラン突破してゴールに向かい、シュートを決めた。そこには迷いは1ミリもなかった。外す事なんて眼中になかった。無心でゴールに向かっていた。本当に楽しかった瞬間、’ラクロス’に純粋に向き合った瞬間。その時、MVPに選ばれた理由が、「運動量豊富な守備とダメ押しゴール」だった。メールで送られて来た時は、何だかあまりかっこよくなくて、クスッと笑ってしまったが、これが目指すべき自分のプレースタイルだ!と思えて少し嬉しかった。攻める DFになると決意した瞬間だった。

 

ー全学決勝ー

私はその日、試合に出るか、民事訴訟法の試験を受けるかの選択を迫られていたのだが、その迷いは結局何の意味もなかった。前日にベンチメンバーがメールで送られてきて、そこに私の名前はなかった。初めてリーグ戦でベンチ入りを逃した瞬間だった。その時は、当然だと自分に言い聞かせた。普段の練習から、貪欲に死ぬ気でプレーをしていたかと言われたらそうではない。自分には人よりも泥臭く頑張る必要があったのに、それが出来ていないという事実を真正面から突き付けられた思いだった。

 

ー試合当日ー

私は三田で試験を受けていた。試験中も試合のことで頭が一杯だった。試験終了後、すぐさま携帯を取り出して、ライブ配信を見ながら、スマホの画面の向こう側にいる全国優勝を決めるチームメイトを見て涙が止まらなかった。自分は今ここで一体何をやっているんだ。その時から練習への意識を変えることを決意した。

 

ボールへボールへ

人よりもボールへ

もっともっと

貪欲に

 

自分の強みは何だろう

自分にできる事は何だろう

 

ー全日本決勝ー

何とかベンチ入りして、何とか見た景色。

もう一度この舞台に立ちたい。そう思った瞬間だった。

 

–4年生 my style  —

 

ラストイヤーが始まった。色々な想いがあった。最後の年だから、焦ったり思いっきりプレーが出来ないのではないかと少し思ったが、そんな事は全くなかった。ベンチからフィールドを眺めるもどかしさ、試合に出られる事の喜びの両方を知っているからこそ、何としてでも試合に出て信頼されるプレーヤーになりたいと思っていた。同時に自分達の力で日本一を掴みたいと本気で思った。

 

もう後がない

失うものも何もない

4年間の中で1番挑戦する年にしようと決めた

 

ボールへボールへ

足で前へ前へ

とにかくボールに寄ると心に決めた

 

+minimum DFだからこそ、’足’で動く、’運動量’で圧倒する、’run’で勝負する

そう決めた

 

DFやゴーリーはどうしても自分達のゴールの引力に引き寄せられるポジションだから、自分はDFという事を忘れて、4枚目のMDみたいな気持ちで前へ前へ。行き過ぎて失点をしてしまう事もあったが、奪うために前線へ行く事をあまり気にしなかった(ごめんなさい)

 

徐々に、練習試合やリーグ戦でVPや MVPに選ばれるようになり、もちろん課題も多くあったが、自分の今のスタイルで良いのではないかと思うようになった。大事なのは、守れたか否かではなく、ボールに寄って攻撃の起点になっているか否か。自分のやり方やプレーに少しずつ自信を持てるようになっていった。

 

ー早慶戦/リーグ戦ー

‘ラクロス’に純粋に向き合えた瞬間だった

早慶戦では、試合後半に早稲田が追い上げてきた瞬間でさえも、この展開の方が面白い、面白くなってきた!と思ってしまっていました(ごめんなさい、その後試合内容は反省しました)早慶戦もリーグ戦も練習試合も、1試合1試合が全て楽しくて、みんなとプレーした時間は最高でした。

 

ーペンとクロス生活ー

練習と勉強とを同時並行で行う日々。OFFの日は、教科書を大量に詰めたスーツケースを三田へガラガラ引きずって、9:00-22:00までメディアにこもり、ONの日は、午前中練習をして、その後22:00迄、メディアで勉強をした。生活の殆どが、丸子と三田で完結していた。

 

正直、怖かった。進路も定まらず、不安で不安で堪らなかったが、ラクロスも勉強も両方頑張ると決め、覚悟を決め、後には引けないと思い、どっちも疎かにしないと誓った。

 

同じ様な状況の人が周りに1人もいなくて、孤独にも思ったが、チームメイトが温かく応援してくれた事が本当に嬉しかった。ありがとう。+同じ夢に向かうマイバディがいた事が大きな支えだった。ありがとう。

 

ー今夏ー

この夏はラクロス以外の記憶がない位、ラクロスと向き合った。明治戦で勝ちきれずに引き分けだった事がみんなの中で大きくて、毎晩HFDのビデオ見をしたり、走ったり、丸子へ行ったり、1on1をしたり、朝からシュート練をしている人やジムで鍛える人、みんなが中央戦を勝ちきりたいと一つになった瞬間だった。OFFの日に、朝丸子へ行き、その後日吉のジムへ行って、また丸子へ戻って暗くなるまで自主練をした時は、同期に刺激を受けて、自分ももっと頑張らないとと思ったし、そんな生活が実際楽しかった。負けてしまった今、後悔や反省は沢山残るが、みんなで全力疾走していた今夏の日々は4年間の中で1番輝いていた気がする。ありがとう。

 

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試合終了2秒前

 

立ち上がれない

 

心が、ではなく、物理的に

 

そうだ

 

人生で初めて足を攣ったんだ

部活人生10年目にして

 

何度転んでも

何度だって軽く立ち上がってきたのに

 

今回ばかりは中々立ち上がれなかった

 

甲高く響く試合終了を告げるホイッスル

 

終わった

 

全てが終わったんだ

 

残るのは、何だかよくわからないふくらはぎの激痛と、抉られるような心の痛み

 

実感が湧かなくて、呆然としてしまった

 

その日は暫く放心状態だった

 

涙すら出てこなかったが、

 

帰宅後、母の作った唐揚げを食べながら、もう堪えられなくなって、涙がとめどなく溢れていた

 

終わったんだ

 

気持ちに整理はつかなかった

 

それでも前に進まないといけない

 

final4には進めなかったがまだチームは続いているし

 

今できることを、これから1ヶ月間やるしかない

 

切り替えて進んでいくと決めた

 

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家族へ

4年間ラクロス部生活を支えてくれて本当にありがとう。

お母さんへ:日本一という結果で恩返し出来なかった事が本当に申し訳ないけど、悔しい時は共に泣いてくれて、辞めても良いと敢えて吹き込む事で、辞めないようにしてくれていつだって背中を押してくれてありがとう。試合に沢山応援に来てくれたり、美味しいご飯を作ってくれたり、沢山話を聞いてくれてありがとう。感謝してもしきれないです。

 

お父さんへ:ベンチを外れた時、負けた時、上手くいった時、励ますでもなく、褒めるでもなく、冷静に言葉をくれた。お父さんもかつてはプロ選手として厳しい世界を経験したからこそ、私が言わなくても全てを分かってくれていたような気がして強く支えられていた。尊敬しています、本当にありがとう。

 

お姉ちゃんへ:色々と協力してくれてありがとう。私がリビングのソファで寝落ちする時は、毎回必ずメガネを取って、スマホを充電してくれてありがとう。笑 そのおかげで、メガネも曲がらず、次の日も寝坊せずに練習に行くことができていました。そして、課題をいつも手伝ってくれたねありがとう。これから沢山恩返しします

 

コーチへ

4年間沢山の事を教えて下さってありがとうございました。沢山突き放されて、沢山信じてくれたことで、自信も失ったし、その分自信をどうやって付けるのかをしっかりと考える事ができました。自分のプレーや強みは何かを考える事ができました。4年目に、迷いなく思いっきりプレーできたのは間違い無くコーチの方々のおかげです。本当に感謝しています。

‘死力を尽くす’

‘戦うという事は弱さも含めた自分の全部を曝け出すという事’

頂いた多くの言葉を忘れません。

 

同期へ

みんなは、同期最高!みたいな感じではなくて、さらっとしているけど、本当はとっても仲間想い。色んな立場でそれぞれが色んな想いを背負っているからこそ、絶対に勝って喜びを分かち合うんだと思っていました。みんなと駆け抜けた日々は本当に宝物です。ありがとう。

同期って何故だか特別で、試合でも同期が活躍すると嬉しいし、同期が頑張っている事がどれ程力になったことか。みんなは自慢の同期です。ここでは、全部は伝えきれないので、手紙にして想いを伝えます。

 

幹部へ

毎日毎日チームのために、ミーティングを重ねて、メニューを考えてくれて、どうしたら試合に勝てるか、戦術面に加えて、組織運営についても沢山考えてみんなを引っ張ってくれてありがとう。プレーに悩んでいる後輩へ何て伝えるべきか真剣に考えている姿や、チームの事を想っている姿を見て、自分がプレーでチームに貢献して勝って、日本一を取って幹部の皆んなへも恩返しがしたいと思っていたけど、それが果たせなくて、本当に悔しいです。それでも、今まで沢山ありがとう。

 

マイバディへ

まだ、引退はしていないけど、4年間本当に色々な事がありましたね。何度も辞めたいって思ったし、丸子でも三田のメディアの前でも泣いたね。ラクロス+勉強というあまりにも無謀なチャレンジに挑んでしまった我々でしたが、それはそれで良かったのかな。笑

大事な試合の前には、いつも手紙やビデオをくれてそれに励まされていました。ありがとう。

これからも宜しくお願いしますね

 

後輩へ

この先、みんなが365日、毎分毎秒、純粋に’ラクロス’を楽しめるとは限らないと思います。辛い事や、苦しくてどうにもならない事が沢山あります。それでも、「序」で書いたように、そういう日々こそが、フィールドに立った時、孤独な自分の背中を押してくれます。だから、どんな瞬間も未来の自分のためと思って、頑張ってほしいです。そして、私のブログの中にも散りばめたように「’ラクロス’と純粋に向き合える瞬間、楽しいと思える瞬間」は実際たっくさんあります。だから、とことん楽しんで思いっきりプレーして欲しいです。ずっとずっと皆んなのこと応援しています。

 

 

チャンスは誰にでも必ず訪れます。ただ、チャンスという扉にはドアノブが付いていないらしいのです。もちろん何回か開くタイミングはあると思いますが、開いた時に飛び込まねば。

だから、いつでも飛び込めるように準備を行う必要がある。開いた瞬間に迷いなく飛び込めるように。

(仮にドアノブが無いとしても、自らの力で思い切りドアを蹴飛ばして、こじ開ける位の気概を持てればより素晴らしいです)

そして、4年間の中で、パンクしそうになる時は誰にでも訪れます。その時は、一旦落ち着いて、ゆっくりと違う角度から考えてみるのもありだと思います。遠回りと思えるその時間がまわりまわって自分を強くしてくれる事もあると思います。沢山迷って、とことん悩んでください。

 

偉そうな事を、、大変失礼致しました。自分のラクロス生活を通して感じた事なので、少しでも参考になれば幸いです。

 

最後に:ラクロスへ

まだラクロスを完全に引退した訳ではないので、あまり淋しくなるようなことは言いたくありませんが、貴方は最高に魅力的なスポーツです。アメリカ遠征では、本場で本物の貴方に触れる事ができ、最高に楽しかったです。素早いパス展開、迫力のあるシュート、GBを掻っ攫う瞬間。芝生を踏み込んで切り返す時。クロスを持って、ふっかふかの芝生を、ハードな土グラウンドを、砂浜みたいな土の上を駆け回るのが大好きでした。もちろん嫌いになる瞬間も沢山ありました。それでも、こうして私は最後までラクロスから離れられなかった。それは貴方の事が好きだったという事でしょう。だから、今後沢山の人がラクロスを知って、有名になって世界中にラクロッサーが増える事を祈って、貴方の未来にエールを送ります。 

グッドラック!

 

それでは

次は同じ DFの#37きょうか。 きょうかは、世界一下らない事を言ってくる人です。何故だか、彼女は芸人魂を持ち合わせていて、常日頃ボケを連発しています。アメリカ遠征では、観光地や現地のスーパーで、1人でモノボケを繰り広げていました。Uberのドライバーの方にも貴方はfunnyだねって呆れられていました。よかったね😉

 

少々真面目に書くと

きょうかは、話し合いでは、いつも話が長くなってしまうけれど、誰よりも勇気を持って、先陣を切ってくれる凄い人。優しくて、思いやりを持って言葉を選んで、割と的確な事を言っている凄い人。時々井戸ブラックを発動してしまう凄い人。SNSセンスに溢れた凄い人。キャッチが柔らか過ぎて上手くて、GBの巻き取りが凄い人。走り方が独特で凄い人。熱々のフライパンの上で熱せられているかの様に、いつだってピョンピョン跳ねている凄い人。

 

結局、真面目に書けなかったごめん。

そんなきょうかが書くブログお楽しみに!

(どれ程ボケてくれるか楽しみです)

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