全日本選手権準決勝 vsNeo 〜サッカー親父のラクロス観戦記〜

これまで観戦記は、2018チーム勝利の一助になれば、という思いで書いていたので、最後の試合が終わった瞬間、再びペンを持つ気は全くなかった。ただこれまで見届けてきた慶應女子ラクロス部2018チームが完結した証がないと自分自身が前に進めない気がして、もう一度だけペンを走らせて『最終章』を書き記すことにした。

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■2018年12月9日(日)vs NEO戦@大阪・長居競技場 <慶應3-5 NEO>

遠く遥々大阪の地にやって来た。どんよりとした曇り空。冷たい空気が身に染みる。関西リーグの閉会式が行われている競技場の両脇で、左にNEO、右に慶應が陣取り、両チームは静かにアップを始めていた。プラカードを持った関西の大学ラクロスプレーヤー達がグラウンドから去っていくと、そこには慶應とNEOの選手たちだけが残され、決戦間近となっていた。

思い起こせば昨年慶應2017チームは、極寒の風が吹き荒れる江戸川陸上競技場で、このNEOとの全日本選手権の決勝戦を行ない、後半途中、1-5と引き離されたが、土壇場で追いつき、サドン・ビクトリーで劇的なゴールを決めて日本一になった。相手はこの1年間、この悔しさを背負って練習に励み、満を持して慶應との対戦に臨んできている。生半可な気持ちではないだろう。

試合開始の笛が鳴る。石田百伽(#51)のドローで始まった試合は、グラボもクロスの扱いも上手いNEOのボール回しが初めから続く展開となっていた。しかし、最初のゴールは前半5分に慶應に訪れた。西村沙和子(#33)がゴール正面から華麗なステップで相手5人を抜き去り、そのままシュートを決めた。前回の関西学院大学戦がすっきりしない試合であったこともあり、観客席の我々も胸のすく思いであった。慶應の応援歌「若き血」が響く中、暫く先制点の余韻に浸っていると、以前に読んだ西村(#33)のブログ記事が頭に浮かんできた。

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【一部抜粋】2018年9月4日『#33西村沙和子:優勝に懸ける想い』より

去年はどんなに意識しても先輩やチームメイトなど「チームのために」を拠り所にして戦っていました。それは正しかったと今でも思っています。けれど、だからこそ、最後の年は正真正銘、綺麗事なしに「自分のために」日本一を目指します。自分が勝ちたいから、チームを強くさせてみせます。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>実は、私がこのブログを最初に読んだ時、無性に心が震えた。なぜなら、西村の最愛のお父さんが昨年末に病に侵され、今は闘病生活を強いられている。そのお父さんが一番楽しみにしているのが、何よりも彼女のラクロスでの活躍であった。小学生の頃から握っていたクロスを持って駆け抜ける彼女の姿が、どれだけお父さんの励みになっていることか。『自分のために』というフレーズは決して独り善がりではなく『お父さんのため』と読めるのだ。魂の叫び。

そして、このエースの先制点はチームに大きな活力を与えた。前日に行われたもう一つの準決勝戦。社会人2位Mistralは学生チャンピオンの関西学院に対して、前半5-1で圧倒していた。そう考えると、社会人1位のNEOと慶應の試合は、前半で0-5にも0-6にもなる可能性が十分にあり得た。だが、そうはならなかった。それは間違いなくこの先制点のお陰である。この得点がチームに勇気を与え、関西学院戦とは全く見違えるパフォーマンスをチームとして展開していた。試合開始直後から、慶應の各プレーヤーが迅速なプレスと体を張ったディフェンスを行ない、非常にアグレッシブにプレーしていた。技術で勝るNEOのボール回しにも慌てることもなく、しっかり連携を保って全員で守ることが出来ていた。

しかし、そこは相手も社会人チャンピオン・チーム。前半10分に1点。そして前半14分にも確実に点を決め、逆転をされてしまった。特に2点目は、中に切れ込み、ゴール脇の味方選手にパス。その選手がゴール前に回り込むように見せかける。慶應の選手がゴール脇に集中した瞬間にゴール正面にもう一人走り込んで来る。ゴール脇から溜めを作った後に戻すパスが入ると、その正面の選手は完全にフリーになった。難なくシュートを決められた。NEOが相当練習を積んできた攻撃の連携パターンなのだろう。見事としか言いようがない。

前半もこの辺りになってくると、慶應がファールで止めるケースが目立ってきた。結局試合終了までこの慶應のファールは繰り返される。観客席は徐々に審判への不満を募らせていく。試合終了後に、大久保ヘッドコーチが「ファールを取れるのも取られるのも技術の差であり、実力の差である」と。全くその通りである。ボールの落とし方、その後のグラボの速さ。これまでの学生チームと違って、グラボはほとんど2アクション以内でNEOの手中に収められていた。

一方で、これだけ慶応はファールを取られても、試合を通して一度もフリーシュートからの失点はしていなかった。だから、ファールそのものがこの試合の勝敗を左右したわけではない。実際、後半12分に異例の2マン・ダウンとなっても1点しか取られていない。2-4とされた後も3-4と盛り返し、直後のドローをダイレクトに取って慶應の速攻に繋げ、一気にシュートまで持ち込んだ。昨年の決勝戦、1-5から6-6に追いついた慶應の押せ押せの雰囲気同様にNEOを飲み込む勢いになっていた。ただ、そのシュートがゴーリーに防がれてしまった。ただそれだけ。そこが紙一重の違い。勝利の女神が一瞬慶應に微笑みかけていた。反対にNEOから見れば、この紙一重で勝ち切るために、慶應に勝つために、1年間弛まぬ努力をしてきたのだろう。

この試合の慶應得点シーンは、どれも印象的であった。2点目は、吉岡美波(#72)の無人ゴールにフリーシュート。後半開始直後に慶應がドローを奪い、そのままゴール前で待つ吉岡へのロングパス。無人ゴールにフリーシュートを確実に決めて2-2に。一歩もステップを踏まずに、そのままスロー。ゴール脇の相手ディフェンスはゴール前にクロスを投げて悪あがきする。しかし、この場面で焦ることなくシュートを決めた。10年ラクロスをやってきた技術に裏打ちされた自信がそこにはあった。そう言えば、昨年の決勝戦で同点に追いつく5点目も、竹村薫(18卒)さんの無人のゴールへ流し込んだシュートであった。Déjà vu.

3点目は、見事な連携プレー。残り5分を切ったところでもキレのあるステップを見せ、自陣で相手を滑らせる友岡阿美(#32)。自陣からのパス回しで敵陣に入ると再び友岡にボールが回る。相手ゴールの左側に流れて相手3人を引き連れたところでキレのあるターンをして、ゴール正面にいる石田へ。右からのサイド・シュートで低めにゴールが決まる。仁王立ち。前回の関西学院戦と同じ。幼稚舎時代からテニスのダブルス・パートナーとして16年間コンビを組んできた2人が魅せた最後のエピローグ。それは華麗で力強い絆で結ばれていた。

結局、この試合は紙一重の差であった気がする。多分5cmくらいの差だけ。何の差かというと、走る時のクロスの角度。走り抜ける時にほんのちょっとクロスが倒れると相手に落とされる。 体の向き。相手に対して、あと5cmクロスが遠くになる向きに持っていたら。フェイントのステップ。あと5cmだけ外側にステップしていたら。ドローの出す方向。あと5cm味方の方に上げていたら。グラボの取り方。自分で取ろうとせずに、味方のいる方向にあと5cm弾き出せていたら。ディフェンスの時、あと5cm体を前に寄せていたら。シュートを打つ時、あと5cm下に打てていたら。あと5cm。たった5cm。されど5cm。この5cmを普段の練習で拘る大切さを知った。

1つのシーズンが終わった。試合後の選手たちは、泣きじゃくる人、コーチと談笑する人、後輩たちと最後のお別れをする人、記念写真を撮る人、親に御礼を言っている人。静かに時は流れ、そして次の日から慶應女子ラクロス部2019チームが始動するのである。

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慶應女子ラクロス2018チームの旅は、大阪の地で静かに幕を閉じた。一人一人のストーリー。その一つ一つが重なり合って出来る壮大なストーリー。まるで交響曲のように。伝統校では、こうしたストーリーが受け継がれて、次世代へのプレゼントとなり、伝統校という常勝軍団は継承されていくのだろう。このシーズンで卒業していく4年生の選手たちにとって、慶應女子ラクロス部にいた瞬間瞬間の全てが、一人一人に取って掛け換えのない青春の想い出となり、自らの宝石箱に飾られていく。それは何年経っても色褪せない鮮やかな宝石となって。

櫨本 修(記)=櫨本 美咲(#62)父

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※注釈:本文は、記憶に頼って書き下ろしたもので、誤認がありましたらご容赦頂きたい。

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